LAS Production Presents

 

 

 

Soryu Asuka Langley

 

in

 

 

 

starring

Shinji Ikari

 

and

Rei Ayanami

as Misty Girl

 

 

Written by JUN

 


 

Act.2

R E I  

 

-  Chapter 1  -

 

 

 

 

 

 

 

 マナは真っ黒に日焼けしていた。

 ヒカリはほどほど。

 そして、アスカは少し赤みがかっている程度だった。

 白人の素因が強いアスカは少し気を許すと、茹蛸のような身体になってしまう。

 したがって日焼けの管理には万全の注意を払っている。

 その管理の推進の原動力は、今日も元気に浜茶屋で…いや、今はアスカの元で働いている。

 そう、2日前に、ビール味、レモン味、そして血の味という3種類のキスを味わったばかりの碇シンジ君である。

 あの翌日、ショックから立ち直ったアスカ親分に絶対服従を仰せつかったシンジは、

 心の底でスキップをしながら、服従を誓ったのだ。

 そして、歓喜の涙を滝のように流しながら、恋するアスカの肌に熱心にオイルを塗ったのであった。

 

 さて、それでは時間を前日に戻そう。

 そう、シンジがアスカにディープキスをし、両の頬を真っ赤に腫らせた、あの翌日である。

 

 


 

 

 シンジには重大な課題があった。

 課題といっても、夏休みの課題は盆を過ぎてからしようと決めたまま鞄の底に眠っている。

 あのミサトとの一件以来、彼にとっての課題とはもちろんアスカとのこと以外には考えられない。

 まずはアスカにボコボコにされた原因を突き止めなけねばならない。

 あのキスの何が悪かったのか。

 二人の友人には聞くことは出来ない。

 冷やかされ、懲らしめられるのが落ちだからだ。

 それにちゃんとした答えはまるで期待できない。

 となると、あとはシゲルしかいない。

 

 そう思って、シンジは前夜シゲルの部屋を訪れた。

 そこにはシゲルはおらず、マヤがたった一人でニコニコした顔をしてちょこんと座っていた。

 シゲルは親に呼ばれてスーパーの方に行っているのだという。

 当てがはずれたシンジは部屋を出ようとした。

 ところが話し相手が欲しかったマヤに捕まってしまった。

 その上、シゲルに聞きたかったことまで話してしまう。

 マヤは無類の聞き上手だったのだ。

 その結果、シンジの左の頬に季節外れの鮮やかな紅葉が見られた。

 アスカの連発張り手に比べれば、威力もダメージも圧倒的に低かったのだが、このことでシンジは悟った。

 あのキスは初心者向けではなかったことを。

 

 その悟りを確実なものにしてくれたのは、なんとシンジを“不潔!”と引っ叩いたマヤ本人だった。

 次の朝、マヤは歯を磨いていたシンジを廊下の奥から手招きして、3階から物干し台に連れ出したのだ。

 今度は説教をされるのかと心中溜息のシンジだったが、頬を染めて口篭もっているマヤに首を傾げた。

 さすがに僕に惚れたのかとは思いもしないシンジだ。

 どちらかというと気長なシンジは、マヤが話を始めるのを待った。

 そして、彼女の口から最初に出た言葉は…。

「シンジ君。キスっていいわね」

 やっとのことでそれだけ言うと、またモジモジし始める。

 シンジは驚いた。

 昨日の夜には、そのキスが原因で自分の頬を叩いているのだ。

 しかも話題にしただけである。

 それが…。

「色々試してみたの。確かにシンジ君がアスカちゃんにしたキスは、女の子にはショックだと思うわ」

 シンジは聞きたかった。

 誰と試したのかを。

 もちろんシゲルが相手だとは思うが。

 支離滅裂なマヤの話を総合してみると、こういうことだ。

 一時的な感情でシンジを引っ叩いてみたものの、せっかく話してくれたシンジに悪いことをしたと思ったのだ。

 しかし、マヤには経験がない。

 全くない。

 思い悩んでいる時に、タイミングよくシゲルが帰ってきたのだ。

 あとは成り行きだった。

 いつの間にか…どちらからともなく、二人はキスをしていた。

 恋人未満だった二人が、互いの願いの通りに恋人同士となったのである。

 そうなるとマヤはシンジに申し訳なく思えてきた。

 こうなれたのは、言わば彼のおかげなのである。

 そこで、マヤは強請った。

 とんでもないことを。

 最初は気持ち悪かった。

 シンジを袋叩きにしたアスカの気持ちがよくわかった。

 ところが…。

「いきなりあんなキスをしたからよ。あれは愛し合ってる恋人がするキスなの」

 私たちのようにね。

 その言葉をマヤは発しなかった。

 まだ恥ずかしい。

 しかし、あんなキスまで許してしまったのだ。

 一生、シゲルさんを離しはしない。

 

 シンジは開眼した。

 そうか、僕が悪かったんだ。

 早すぎたんだ。ごめんよ、アスカ。

 

 しかし、面と向かって謝る言葉をシンジは持っていなかった。

 ストレートに言うべきか?

 『舌を入れてごめんよ』

 許す許さないにかかわらず、あと数発殴られそうな気がするので却下。

 気障に言うべきか?

 『あんなキスが似合うようなカップルにならないかい?』

 アスカのぽかんと開いた口が浮かぶので却下。

 おとぼけで言うべきか?

 『初心者はあんなキスをしないんだって、ははは…』

 いかにも僕らしいけど、アスカは怒るだろうな…。

 へらへら笑うんじゃないって…。

 どうしようかとシンジは悩みながら、民宿の廊下を歩いていた。

 いきなり襖が開いて、伸びてきた手にシンジは部屋の中に引きずり込まれた。

「うわっ!な、なんだ。シゲルさんじゃないですか」

「シンジ君、ありがとう!」

 シゲルはシンジの手をがっしりと握った。

 そのシゲルの顔は少し晴れている。

「どうしたんですか、その顔」

「あ、ああ、頼まれたから入れたのに、ぼこぼこにされてしまった…」

「はい?」

「まあ、最後には…って、それはいいんだ。とにかく君のおかげだ」

「は、はい」

 シゲルの頬には爪で引っかかれた痕もくっきり残っている。

 そんな顔の状態だが、シゲルの表情は幸福そのものだ。

 鈍感なシンジにも昨日の夜に二人の間に大きな進展が会ったことは察知できた。

「とにかく、ありがとう!ああ、もう9時前じゃないか。リツコさんに殺される!」

 もう一度しっかりと腕を握って、シゲルはにこやかに走り去って行った。

 何だかよくわからないが、いいことをしたんだという満足感が少しシンジに生じた。

 が、その満足感はすぐに不安感に取って代わられた。

 シンジにとっては、アスカにどんな顔をして会えばいいのか、どんな話をすればいいのか、そのことが最重要項目なのである。

 ふぅ…。

 シンジは軽く溜息をついた。

 その時、背後で低い声がした。

「朝っぱらから、何黄昏てんのよ」

「ひえっ!」

 シンジは文字通り、飛び上がった。

 そういえばここはアスカが、いやアスカたちが泊まっている区域じゃないか!

 完全に忘れていた。

 シンジは振り向くことができない。

「ふ〜ん、合わせる顔がないってこと?」

 シンジはがくんがくんと首を縦に振る。

「悪いと思ってるんだ」

 再度、首を縦に大きく何度も振る。

「じゃ…」

 沈黙…。

 シンジは生きた心地もしなかった。

 宣告が行われる。

 もうすぐ…。

 耐えられないよ、早く言ってよ、アスカ。

 シンジは喉がからからになった。

 息が荒くなる。

 頭がふらふらしてきた。

 炎天下にいるときよりもキツイ。

 しかし、背後のアスカは何も言わない。

 もう倒れそうだ。早く言ってよ、アスカ!

 シンジはとうとう振り向いた。

 アスカは…どこにもいなかった。

「へ……」

 突然気が抜けたシンジは、その場にへたり込んでしまった。

 その姿を廊下の角から眺めていたアスカは、最初は笑っていた。

 アスカが後にいると思って直立不動になっているシンジの姿は滑稽そのものだったからだ。

 しかも、アスカがいないとわかって体の力が抜けてしまったのである。

 悪戯者のアスカは思い通りにシンジが動いてくれるので痛快だった。

 だが、座り込んだシンジを見たとき、胸が締め付けられそうな気持ちになった。

 それはこれまで経験したことがないような感情だった。

 アスカはシンジのところへ駆け寄りたかった。

 昨日のことは許してあげるから立ちなさいよ!と言ってあげようと思った。

 それができなかったのは…。

 

「あ!碇君だ!」

 バタバタと廊下を走る音。

「おはよ!こんなとこで何座ってるの?」

「あ、あの…おはようございます」

「もう!他人行儀なんだから」

 尻をついているシンジの顔を覗き込むように、マナは上体を倒した。

 大きく開いたTシャツの胸元から奥が覗き込めそうである。

 アスカと違って、マナの胸の等高線は線の本数が少なく、その間隔は広い。

 つまり、胸が小さいというわけだ。

 だから胸元が大きく開くと丸見えということで、もしブラが……。

「馬鹿シンジ!こっちに来なさい!」

 その様子を見たアスカは、無意識に叫んでしまった。

 廊下の角に仁王立ちしたアスカをマナは睨んだ。

 邪魔したわね!せっかく二人きりだったのに!

 シンジは助かったような、損をしたような複雑な気持ちだった。

 マナだって充分可愛いのだ。

 アスカと比べるところに問題がある。

 もし、アスカと出会ってなければ、マナのアタックにシンジはあっさりと陥落していただろう。

 しかし、ここにはアスカがいる。

 シンジの心にはアスカの存在が刻み込まれているのだ。

 シンジはよたよたと立ち上がるとアスカの方へ向かった。

 アスカはじっとマナを睨んでいる。

 マナも腕組みして、顎を上げている。

 二人の間に火花は飛び散ってはいなかったが、シンジにはそれが見えるような気がした。

 それで天狗になるほど、シンジは単純ではない。

 実際アスカに恋人としての好意は抱かれていないのだから。

 アスカが霧島さんと僕のことで睨みあっているのは、きっと子分を横取りされたくないからなんだろうなぁ。

 そう思い込んでいるシンジであった。

 世界中の男性より数歩どころか、独走状態でアスカに接近しているというのに、

 彼の頭の中では自分の存在は砂浜の中の一粒の砂に過ぎないというわけだ。

 確かにシンジは平凡で特に取り得のない少年だ。

 しかし、その小さな砂粒をアスカが拾い上げて大切に掌にしまっている。

 偶然が重なっただけかもしれない。

 もし、アスカの水着を引っ剥がすことがなければ、二人の関係はただの店員とお客で終わっていたのかもしれない。

 だが、すでに歯車は動き出している。

 二人が急接近しているという現実を当の二人が一番わかっていないのだ。

 したがって、シンジのことが気になるマナとしてはうかうかしていられない。

 例え相手が親友のアスカであってもである。

 二人の睨み合いは続いた。

 そして、しばらく後でアスカがニタリと笑みをこぼした。

「え…?」

 マナが戸惑った。

 あのアスカの笑いは絶対有利の時に見せる余裕の笑み。

 ということは…。

「馬鹿シンジ!」

「は、はい!」

「光栄に思いなさいよ。昨日のこと、許してあげるわ」

「えっ!本当?」

「はん!私はこの大海原のように心が広いのよ!」

 マナは思った。

 アスカが海並みに心が広いなら、私だって大空くらい広いに違いないと。

「あ、ありがとう!」

 但し、シンジにはその心の広さが全銀河より大きく思えた。

 あんなキスをしてしまったのに許してくれたんだ。

「その代わり、私の言うことを聞きなさい」

「うん!何でもするよ!」

 本心である。

 何しろ恋しい女性の願いである。

 無条件でその願いを受け入れることに何の問題があるというのだろう。

 アスカは再びマナに見せつけるように、ニタリと笑った。

「アンタはこれからずっと私のオイル係よ!」

 アスカの宣言にマナは仰天した。

 オイル係ってことは、あのシンジ君の優しげな掌がアスカの身体を撫で回して…。

 ダメよ、ダメ!そんなエッチなことしちゃあダメだよ、シンジ君!

 マナは真っ赤になって、シンジの返事を待った。

 そのシンジは…。

 オイル係とは何ぞやということを必死に考えていた。

 オイルって油だよな。

 油の係って何だろう?

 冬だったらストーブの灯油を買いに行くとか給油するとかそんなのだよね。

 今は夏だから…えっと、あれ?わかんないや。

「返事は?馬鹿シンジっ!」

「あ、うん!僕頑張るよ。アスカに喜んでもらえるように、僕一生懸命がんばるよ!」

 マナはショックを受けた。

 シンジ君がアスカの肉体の魔力に引っかかってしまった。

 何しろ彼女の頭では先ほどのシンジの言葉が『アスカに歓んでもらう』と聞こえていたのだ。

 シンジ君って見かけと違ってそんなにエッチだったの?

 今回のオイルについてはマナの完全な誤解ではあったが、

 シンジがエッチだということは間違いがなかった。

 彼も健康な少年なのだ。

 セックスへの興味は充分ある。

 ただ彼の外見がそう見えにくいところで、シンジが得をしていると言えよう。

「じゃ、早速オイル係してもらうわよ。10時に海岸に来なさい!」

「あ、でも、僕浜茶屋が…」

「大丈夫!10分もあったらできるから。それくらい抜けてきなさいよ。それとも…イヤだって言うの?」

 目の高さはほとんど変わらないのに、どうしてアスカが高いところから見下ろしているように思えるんだろう?

 そんなことを感じているシンジが、イヤだと言うわけがない。

 勝ち誇るアスカはシンジを従えて、食堂に降りていった。

 放心状態のマナを一人残して。

 

 朝食の後、部屋に戻ったシンジは時間ぎりぎりまで寝ると宣言していたトウジを揺り起こした。

 約束の時間まで後1時間もない。

 オイル係が何かを調べないといけない。

 丁度、宿直当番だったケンスケもシャワーと朝食を終えて、部屋に戻ってきた。

 シンジは散々迷った。

 “はよう、言わんかいな”とせっつかれても口篭もってしまう。

 どこか嫌な予感がしたからだ。

 しかし、時間がない。

 決心したシンジは質問を口にした。

 その30秒後には、シンジは布団蒸しにされてしまった。

「けっ!何や、自慢かいな!」

「オイルが何かわからないだって?笑わせるなよ、くそっ!」

「だ、だって、本当にわかんないんだよ。教えてよ、オイルって何のこと?」

 二人はげんなりしてしまった。

 天然だ、こいつ…。

 馬鹿らしくなってシンジを開放した彼らは、それでもオイルの事をシンジには教えてやらなかった。

 必死になって聞くシンジをケンスケは突き放した。

「いいから、浜辺に行ってこいよ。行けばわかるよ」

「で、でも…。僕がわかってないと、アスカが…」

「はいはい。怒られたらいいじゃないか、この果報者が!」

 シンジの背中をばしんと叩いたケンスケは、現状を分析していた。

 シンジは本人はわかってないがあの金髪とかなりいい線まで行ってる。

 トウジのヤツまで、あの女の子とどんどん仲良くなっているみたいだ。

 ということは…。

 俺だけ寂しい海物語なのかっ!

 ケンスケは決意した。なんとかしないといけない。

 ターゲットは霧島マナ。

 好みのタイプだし、失恋直後はアタックが成功しやすいという。

 となれば、シンジを完全に金髪とくっつけて…。

 それに平行してグループ交際の形をとるんだ。

 そうすれば、向こうは1人、こっちも1人、余り者同士がってよくあるじゃないか。

 ということで、企画を考えなきゃ…企画、企画…。

 そうだ!夏と言えば、これじゃないか。

 これなら二人きりになれるから、あいつらだって喜ぶぞ!

 ケンスケはそのシナリオを綿密に練り始めた。

 

 さて、こちらはシンジ。

 約束通り、10時前に浜辺に到着した。

 アスカは…と探してみると、真っ赤なビーチパラソルが目に入った。

 本能的にそこにアスカがいると、シンジはそう感じた。

 その本能は正しかった。

 ビーチパラソルの下、グリーンのタオルを敷いて、アスカがうつ伏せになっている。

 今日は赤と白のチェックのビキニだ。

 シンジは声をかける前に、アスカの姿に見とれていた。

 なんて綺麗なお尻なんだろう。

 さわったら…半殺しでもすまないだろうな、きっと。

 じゃ、お尻がダメなら…、む、胸も論外だよね。

 う〜ん、足とか背中とか…。

 はは、結局どこでもいいんじゃないか、僕って本当にスケベだな。

 アスカに怒られないように、スケベってことは見せないようにしないと。

 でも…。

 シンジはもう一度、アスカの背中を見た。

 外国の人って肌が粗いって聞いてたけど、アスカの肌は凄くきめが細かいなぁ。

 あ、そうか日本人の血も入ってるって言ってたよね。

 シンジはアスカの背中を食い入るように見つめた。

 白くて、柔らかそうで…。

「シンジ?」

 その背中が喋った。

「うわっ!う、うん、僕だよ」

「遅かったわね」

 時計を見ると、9時52分。

「あ、うん、ごめん」

 シンジは明らかに成長していた。

 アスカには逆らわない方がいい。そのことを覚えただけでも偉大な一歩と言えよう。

 しかも、実際アスカは先に来て待っていたのだ。

 ここで、何故待っていたのかということまで考えることが出来たなら、シンジの鈍感さも少しはマシになるのだろうが。

 ただし、そのアスカ本人が15分も前から準備万端整えて、待っていたのかが何故なのかわかっていない。

 もし考えたとしても、シンジをからかうのが楽しくて待ちきれなかったのよ!という子供のような答えになるだろう。

 この親分にして、この子分ありである。

「じゃ、早速、お願いね」

 シンジは困った。

 そう言ったきり、アスカは黙ってしまい、身体もぴくりとも動かさない。

 何を…。僕は何をどうしたらいいんだろうか?

 シンジは途方にくれてしまった。

 アスカの白い背中に目がくらみながら。

 アスカは息がつまりそうになっていた。

 アスカが『お願い』と言ってから、シンジは何も喋ってこない。

 身体を動かす気配もない。

 胸がどきどきする。

 自分の身体をシンジが見つめていると思うだけで、何故か身体中が熱くなってくる。

 アスカは悟った。

 これは…、シンジがさっさとオイルを塗らない所為だわ。

 待たされてるから、砂浜の熱で身体が熱くなってるんだ。

 ホントに馬鹿シンジのヤツは!

 

 馬鹿はアスカの方である。

 

 身体が火照るのは、好きな男に半裸の背中を見られているからだと気づかないのだから。

 そして、身体の奥の方でむずむずしてくるような感覚を覚え、アスカは我慢の限界に達した。

「何してんのよ!早く塗りなさいよ!」

 そう叫び、ついでに足をバタバタさせる。

 シンジは慌てた。

 アスカが怒り出した…と錯覚した。

「ご、ごめん!何をどうするのかわかんないんだ、ごめんよ、アスカ!」

 アスカの足がぴたっと静止した。 

 その瞬間、シンジは息を呑んだ。

 怒鳴られる。ほら、怒りに肩が震えだした。

 身を硬くしてアスカの制裁を待つシンジの耳に変な呻き声が聞こえてきた。

 それはアスカの頭の方から聞こえてくる。

 そ、そんなに怒ってるの?言葉にならないくらい…。

 シンジが怯みを見せたその時、アスカがくるっと仰向けになった。

「はははははっ!何それ!おっかしい!」

 両手で腹を押さえて、両足をバタバタさせて苦しんでいる。

「あ、あ、アンタ、オイル塗るの、し、知らないの?!」

 まるで子供である。

 パラソルの下で、周囲の目を気にせずに笑い転げるアスカ。

 シンジはだんだん腹が立って…は、こなかった。

 何故なら、目の下で暴れているアスカの身体が刺激的だからだ。

 じっと見ていると暴走してしまいそうになるくらい、無防備な姿勢で仰向けになっているアスカ。

 ビキニのTOPが大きく上下している。

 そしてバタバタしている足の付け根は…。

 シンジはさすがにその部分を凝視するのは避けた。

 自分を抑えられなくなりそうだったからだ。

 もっともこの夏の光と海水浴客の前で、襲いかかれるわけがない。

 そのシンジは目をしっかりと見開いたまま、心の中で何故か「羊が一匹、羊が二匹……」と数えていた。

 暴走を自己抑制しようとしているのだろう。

 そのうち笑いが収まってきたアスカは、ふとシンジを見上げた。

 視線が合う二人。

 その瞬間、シンジの顔が真っ赤に変色した。

 見られた。胸を見つめていたのをしっかり見られた。

 殺される!

 

 殺されるわけがない。

 アスカは完全に誤解していた。

「ああ、コレ?うん、アンタにしてはいい見立てだったわ」

「そ、そ、そ、そう?」

 シンジは命拾いした。

 さすがに、アスカに調子を合わせるシンジ。

 それにアスカに誉められると嬉しい。

 その嬉しさも手伝ってシンジの頬の赤さは際立っている。

「あ、そっか。オイル知らなかったんだ」

「う、うん…」

 シンジは頭を掻いた。

 ここはおとぼけでいくしかない。

 まず、何をどうするのか教えてもらわないと。

 アスカは立ち上がって周りを見渡した。

 シンジも何となくその視線を追う。

 平日の午前中だから、それほど人出はない。

 その中で、アスカはオイル塗りの実例を探した。

 そして…。

「アレよ!アレを見なさい、馬鹿シンジ!」

 真っ直ぐに指差すアスカの白い指先を辿って、シンジの視線は砂浜を進んでいく。

 その行き着いた先は…。

 30mほど離れた場所に真っ白いパラソルの下に、男女がいる。

 そしてうつ伏せに寝そべっている女性に男性がかがみこんでせっせと手を動かしている。

 シンジは首を捻った。何してるんだろ?

「アレよ、アレ」

 アスカが指差したままシンジに明言したが、まだよくわかっていないシンジである。

 そんなシンジに痺れを切らしたアスカは、普段の彼女には似つかわしくない行動に出た。

 懇切丁寧に説明をしたのである。

 オイル塗りとはどういう行為であるか。どういう意図があるのか。

 アスカの肌を守るための仕事だとシンジはようやく納得した。

 その時である。

 シンジへの解説例となっていた男女のところに、断固たる足取りで歩み寄っていく女性がいた。

「あれ?あれってマヤさんだよね」

「そうね。でも、何だか背中が怒ってる…」

「うん」

 シンジの目には砂浜から立ち上っている陽炎の他にも、マヤの背中の辺りに白っぽい炎のようなものが見えていたのだ。

 二人は半ば呆然とマヤを眺めていた。

 しばらく見ていると、そのマヤの向かっている先の男女が誰であるかが判明した。

 あのロンゲの男はシゲルである。

 そして、悠然と寝そべっている女性は…。

「あれって…」

 ショートカットの金髪。

 この距離では眉毛の色までは確認できない。

 しかし、今朝あんなにマヤとの間が進展していたのを喜んでいたシゲルが、

 オイル係をしている…のではないだろう、させられているのである。

 シゲルにそんなことをさせることができるのは、元家庭教師にしてシゲルに対して絶対的な権力を持つあの女性しかいない。

「シゲ…いいえ、青葉さん!」

 哀れにもシゲルはファーストネームから苗字に格下げになった。

「ま、マヤちゃん!」

 直立不動になるシゲル。

「何をしているんですか…?」

「な、何って…ほら、リツコさんの命令で…」

 頭を掻きながら言い訳をするシゲルである。

 その時…。

 パシィンッ!

「うわっ!」

 ギャラリーのシンジとアスカの口から同時に声が漏れた。

 見事なマヤの平手打ちだった。

「大嫌いですっ!このエッチ!不潔。不潔です!」

 両手で顔を押えて二人の方へ走ってくるマヤ。

 シゲルは後を追いかけようと一瞬構えたが、頭を垂れて立ち尽くしてしまった。

 そして、マヤが二人の傍らを走り抜けていく。

 しかし、二人は見た。

 マヤが舌をペロリと出し、その上二人に向かってウィンクしていた。

 それはそうだ。

 顔を覆って、砂浜を真っ直ぐに走れるわけはない。

 そんなマヤの行動が、シンジにはわけがわからなかった。

「女って凄いわねぇ」

「アスカ、今のわかるの?」

「あったり前じゃない!自分の彼氏を完全に繋ぎとめるためのテクニックじゃない!」

「へ?」

「ホントに泣いてはなかったでしょ?」

「うん」

「嘘泣き。でも、青葉さんには見抜けないでしょうね」

「どうして嘘泣きするの?」

 アスカは眉間に皺を寄せた。

「アンタ馬鹿ァ?あの二人恋人なんでしょ?」

「あ、うん。昨日の夜から」

「へ?昨日って…。ふ〜ん、まだなったばかりだったのか…。

 まあいいわ、とにかく自分の彼が年上の女の身体を触ってるのよ。気分がいいわけないじゃない」

 シンジは小さく頷いた。

「でもあそこで正面切って言いたい事言えば喧嘩になっちゃうし、平手に涙って女の最強の武器よね」

「そ、そうなの?」

「そうよ!」

 アスカは仁王立ちして、胸を張った。

 シンジは思い出した。

「じゃ、昨日のアスカは?」

「へ?」

「僕のこと、何回も平手打ちして、泣いたじゃないか」

 アスカは一瞬きょとんとした。

 そして、次の瞬間、アスカはシンジのTシャツの胸倉を掴んだ。

「アンタ、殴られたい?グーで」

「ごめんなさい」

 素直が一番である。

「はん!わかったなら、さっさとしてもらうわよ!」

「えっと…オイル、塗り?」

「あったり前!ほらっ!」

 アスカは再びうつ伏せになる。

「オイルはそこにあるから。しっかりやんなさいよ」

 シンジは頷いた。

 絶対にしっかりするよ、アスカ。

 ごくりと唾を呑み込んで、シンジはアスカの傍らに跪いた。

 アスカの背中に手を伸ばせば簡単に触れる。

 いや、アスカは触れと命令しているのだ。

 何を躊躇うことがあろう。

 シンジはオイルを手に取った……!

 

「あわわわっ!」

 

「どうしたのよ!」

「一杯出ちゃって、ご、ごめん!」

「きゃっ!」

 溢れたオイルを仕方なくアスカの背中に零したシンジ。

 予想以上の量にアスカは悲鳴を上げてしまった。

「もったいないことするわね!弁償しなさいよ!」

「うん、じゃ僕が買うからどこで買うのか教えてくれる?」

 アスカは黙った。

「アスカ?」

「何?今のは。アンタ、異様に素直じゃない?」

「そ、そんなことないよ。べ、弁償じゃないか」

 毎日しっかりとオイル塗りに勤しみたいというシンジの欲求である。

 最高級ってどんなのかもいくらなのかもわからないが、アスカの肌に塗るのだから奮発したいとシンジは考えた。

 一石二鳥じゃないか、好きな女の子の肌を綺麗にすることが出来て、その上…。

 好きな女の子の身体を公明正大に触ることができるのだ。

 シンジが燃えないわけがない。

 いくらかはわからないが最高級オイルの価格がどうだというのだ。

 

 この数時間後、がっくりしながら少し高級な程度のサンオイルを購入する少年の姿が化粧品店に見られたという。

 

 シンジは力の入れ方がわからなかった。

 まさか揉みこむわけじゃないだろうし、遠目で見たシゲルの手付きを思い出してアスカの背中に手を滑らせた。

「もうちょっとちゃんと擦り込んでくれる?何だかこそばゆいわ」

「う、うん。こう…かな?」

「まあ、そんなとこね。あ、これからずっとするんだから、練習して巧くできるようになんなさいよ」

「え?でも、どこで練習すれば…」

 シンジの脳裏に霧島マナの笑顔が浮かんだ。

 彼女なら喜んで練習台になってくれそうな気がする。

「ダメよっ!」

「わっ!」

「マナのガサツな肌と私の肌は違うんだからね。あんなので練習されたらこっちが堪んないわ」

「え、っと…じゃ…」

「仕方がないわねぇ。それなら私を練習台にすればいいわよ」

「はい?」

「私の肌に塗るんだから私の肌で練習するのが一番じゃない。アンタ、こんな簡単なこともわかんないの?」

 シンジの頭の中には幾千匹の蜂が飛び回っていたことだろうか。

 アスカが凄く奇妙なことを言ってるように思うのだが、反論できない。

「返事は?」

「え、あの、その、練習って」

「アンタ馬鹿ぁ?晩御飯が終わってから練習すればいいんじゃない。特別に私の背中を貸してあげるわよ。

 大体、練習もしないで私の肌の手入れをしようだなんて、何考えてんのよ」

 シンジは深く考えるのを止めた。

 きっとアスカの頭では理路整然とした論理が展開されているに違いない。

 

 シンジの勘違いである。

 アスカはただシンジがマナの背中を触ることがイヤだっただけである。

 但し、例によってそのことは自覚していない。

 アスカは自分の肌の手入れのために子分を活用していると信じ込んでいた。

「でも、そんなにオイル塗ってもいいの?」

 素朴な疑問を呈したシンジにアスカは黙り込んでしまった。

 確かにそれはよくないような気もする。

 その時、アスカの頭に名案が浮かんだ。

「じゃ、マッサージよ、マッサージ!」

「はい?」

「オイルで練習するのは止めて、その代わりに私の身体をマッサージしなさい!」

「へ?」

 シンジはわけがわからなくなった。

「えっと、マッサージでオイル塗りの練習になるの?」

「なるわよ!」

 こう断言されてしまうと言い返すことの出来ないシンジであった。

「水泳で疲れた私の身体を揉み解すの。ばっちりじゃない」

 何がばっちりなのか理解不能だったが、アスカの身体を触ることができるのには間違いがない。

 シンジはその点において納得することにした。

 どうでもいいや。アスカに触れるんなら。

「あ、でも、今日は僕ダメだ…」

「どうしてなのよっ!」

 アスカが怒った。

 うつ伏せの顔の目だけがシンジを睨んでいる。

「だ、だ、だって、今晩は僕、浜茶屋の宿直当番だから」

「はん!何だ、そんなこと?」

 つまらなそうに、アスカが顔を伏せた。

「だって…」

 シンジは残念だった。

 せっかくのチャンスなのに…。

「それじゃ私が出張してあげるわよ」

「えっ?」

 アスカは軽く欠伸した。

「ほら出張でアンタのとこ行ってあげるって言ってんじゃない。

 それとも迷惑だって言うわけぇ?」

「と、とんでもない!大変光栄です。

 でも…本当に?夜に一人であんなところに…」

「へぇ…心配してくれるんだ。アンタもいいとこあんじゃない」

 そうだよなぁ。

 あんなところに夜、二人っきりなんてまずいよなぁ。

「そっか、帰りの心配してくれてんのね。シンジ」

「は?帰り…?」

「うん、確かにあんな夜道を私一人で帰るのは危ないわよね」

 民宿青葉から浜茶屋まで徒歩8分。

 確かに浜茶屋の周りは深夜を過ぎると寂しいが、10時くらいまでは花火をする観光客とかで煩いくらいである。

 アスカなら肩で風を切って帰れる経路だ。

「シンジは当番だから送ってもらうわけにもいかないし」

「あ、あの…」

「よし、決めた。私もそこに泊まる」

「えええっ!」

 突然奇声を上げたシンジ。

 アスカは起き直って、きょとんとした顔でシンジを見た。

「何よ。私、変なことを言った?」

「だ、だ、だ、だって」

「大丈夫。ちゃんと枕くらい持ち出してくるから」

 そう言って、アスカは再びうつ伏せになった。

「ほら、早く続ける」

「う、うん」

 そんな心配誰もしてないって。

 シンジは嬉しい気持ちよりも不安感の方が強かった。

 どうせ、ろくなことにはならないだろう。

 アスカと知り合ってまだ2日。

 オイル塗れの自分の手で、その形を変える柔らかく白い肌。

 あんな狭い場所に、アスカと二人きり。

 シンジは期待感と不安感の狭間で揺れていた。

 

「ちょっと、馬鹿シンジ。手が止まってるわよ」

 

 

 

 

TO BE CONTINUED

 

 


<あとがき>

 レイ編その1です。

 って、タイトルロールのレイが出てきてない!

 酷いわ。シクシク。

 あれ?今誰か…?まあいいか。次回にはもう一人のゲストの彼も登場します。

 オイル塗りだけで話を終えるなと。ははっ!申し訳ございません。どうしても長くなっちゃうんですよね、はい。

 案外、アスシンよりも、マヤシゲルの方がまっとうに青春してたりして…。

 

2003.08.30  ジュン

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